トランスミッションライン方式スピーカーについて その4

TLS方式スピーカーの主な要素技術は、以下の五つになります。

  1. 伝送路(伝声管、伝送線路、線路、伝導路…)
  2. 1/4 波長共鳴管(1/4 λ共鳴管と書かれることも)
  3. ユニット取り付け位置による背圧・振動制御(機械・電気特性の変化)
  4. 伝送路のインピーダンス変化による音響フィルター
  5. 吸音(ダンプ)による音響フィルター

今回と次回はスピーカーユニットの取り付け位置についてです。

スピーカーユニットは、振動板を前後に振動させることで音波を発生していますが、振動板というくらいなので板です。ということはもちろん前面と背面があります。

通常は前面で発生した音波を直接音として利用しますが、背面の音波に関しては利用したり、しなかったりします。そもそもそのスピーカーシステムの低音を担当しないユニット、例えばツイーターの類などは背面からの音波はほぼ利用しません。

低音の場合でも密閉箱方式などは背面の音は利用しません。平面バッフル方式の場合でも、基本捨てる方向です。背面開放方式も同様です。

ただ、この平面バッフル方式と背面開放方式の場合は、どうしても背面に音が出てしまう関係でそれを巧いこと処理してやらないといけなくなり、結果として音色などの追い込みには考慮せざる得なくなります。

対して他のほとんどの方式では、なんらかのやりかたでスピーカーユニット背面の音も利用しています。もちろんトランスミッションライン方式でも背面からの音波を利用していることは既に述べております。

また、背面の音を利用するにせよ、しないにせよ、背面の音の処理の仕方でユニットの振動板へ反作用的に力が加わる具合が変化するため、振動板の振動の仕方も変わってしまいます。よって、背面の音の処理の仕方を変えることでユニットの動作を変化させることができます。

通常、スピーカーユニットの振動板は、バネと等価のカラクリで中立位置に支持されています。それと同時にダンパーによっても振動を抑制しています。この実装は、振動板周囲のエッジやボイスコイルと振動板の接続近辺に付けられるダンパーなどが機械的要素として作られています。

これらユニット自体が持っているバネやダンパー機構とは別に、振動板が接している空気も同様にバネやダンパーの一種として働きます。振動板の動きに対する空気の作用・反作用によります。

振動板が空気を動かせば、空気の質量に応じて反作用が振動板に及ぶということです。

ユニット前面の空気の動作に関しては、ホーン方式の場合を除けば通常は一様です。ホーン方式の場合はホーンロードが掛かるため若干動作に違いが出てきます。今回はトランスミッションライン方式ですから、これについては割愛です。

問題はユニット背面の空気の動作です。

例えば、平面バッフル方式や背面(後面)開放方式の場合は、前面と同様になります。

しかし、密閉箱の場合では動作状態はいろいろありえます。まず箱の容積が重要な要因ですし、詰め込む吸音材なども動作を変える要因になります。主な違いは、箱の内部でユニットの振動板により発生した空気圧が音として振舞うか空気圧として振舞うかの違いによります。この違いは箱の内部の広さが音波長に対し十分狭いかどうかによって変わってくるのです。

箱が音波長に対し十分狭い、ようするに音速÷周波数=波長に対し十分に箱内が狭い場合はユニットの振動板の動きに対して箱内部の空気圧はほぼ均一になるはずです。この場合箱内部の空気は、高校の物理などで習う気体の状態方程式のような振る舞いになります。もう少し簡易化すると断熱変化的な振る舞いです。

逆に十分広い場合は、箱内の空気圧変化というよりは波の伝播といった現象が内部に起こるので、ユニット振動板に空気から掛かる力は空気(の質量)を動かしたことからの反作用力になります。

反作用力は、箱の容積に関わらず基本的に一定に存在しているものと考えてよろしいでしょうけれど、空気圧差による力は箱が十分小さいときに大きくなります。おおよその切り替わりの点は、箱内部の最大寸法が 1/4 波長あたりを超えるか、超えないかを目安と考えるのが妥当に思えますが、もうすこし短いあたりでも良いかも。

すぐに気が付くでしょうけれど、波長は周波数が高い音ほど短いので、同じ箱の大きさでも音程によって断熱変化的動作か反作用的動作かが変わってきます。もちろん高い音程の音に対するほど反作用的に振る舞い、低い音程の音に対するほど断熱変化的に振舞います。

動作状態が変わることは見たわけですが、それぞれどういう特徴なのか見ていきましょう。

箱内部の空気が気体の断熱変化的ふるまいをする場合、空気圧の問題になります。振動板が箱内部に出っ張ればその分内部の空気が圧縮されるために空気圧が上昇し、その上昇分が外との圧力差になるので、振動板の面積に従い振動板を箱内部側から押す力になります。振動板が箱の外に出っ張る場合は、内部の空気圧が下がるため、逆に外の大気側から押されることになります。

この作用は、バネ的です。振動板の変位が大きいほど力が大きくなり、小さいほど小さく、変位が無ければそれによる力は無くなる。

これに対し箱内部の空気が音波の伝達物質として働く場合は、振動板に対する作用の仕方が変わります。振動板が空気を押しのける速度に比例して単位時間あたりの振動板が押しやる空気の量が変わりますが、この空気の量が多ければ多いほど押しのける質量が増えるということで、反作用力も大きくなります。この反作用力は速度を抑える方向に働きます。

この作用は、ダンパー的です。振動板の運動速度が速ければ速いほど大きくなり、遅ければ小さく、速度が零なら力も無くなります。

結果として反作用力が最大になるのは(音が出ているなら)ユニット振動板の位置が中点にあるときであり、空気圧差による力は逆に中点にあるときは何も力が掛からなくなります。そしてユニット振動板の位置がもっとも引っ込んでいたり、とび出ていたりする位置では、反作用力は発生しませんが、逆に空気圧差は最大になるため振動板に対する力も最大になります。

次に、それぞれの動作状態がユニットにどのような影響を及ぼすか考えましょう。

すでに書いたように単純になぞらえてしまえば反作用的動作はダンパーですし、気体の断熱変化的動作はバネとなります。

このことから、小容積の箱ほど低域でユニットに対しバネの要素を追加することになります。すなわち振動板の低域の振幅を抑制する性質が強くなります。結果として電気的な大入力に対し、機械的な動作に抑制が掛かることになり歪まなくなります。それにより低域の総合的な最低共振峰が抑制されることもなりますから、低域は締まった感じになるはず。人によっては詰まった感じとも言うかもしれませんが。

高い周波数に関しては、密閉箱は無限大平面バッフルへ近づいていきます。結局、背面放射される音を箱内部に閉じ込め、吸音材に吸わせて無かったことにするのですから。

さて、以上は「密閉箱」についての話でしたが、ここからは TLS の場合です。

 

しかしちょっと長くなったので、ここで一旦切って続きは次回に持ち越しといたします。

カテゴリー: オーディオ, 開発設計 パーマリンク

トランスミッションライン方式スピーカーについて その4 への4件のフィードバック

  1. Sasha のコメント:

    初めまして
    私、TLSを作っている者として今回の機械的考察、大変参考になりました。
    次回TLSのお話、楽しみに待っております。
    それでは

    • 近江屋 のコメント:

      初めまして。
      トランスミッションライン方式スピーカーについてのこの一連の投稿は、結構アクセスが多い方なのですが初のコメントです。(笑)
      なるべく数式を避け、なのに図も無いってのは、もしかして欠点であってわかりづらいのか?と考えられますが、まあ私本人の理解をより深めるために、あえてその縛りでどこまで解説できるかやってみている次第です。
      いずれ(いつになるかわかりませんが)全部書いたら、図を幾分か追加して、書きなおそうかとは考えていますが。
      「その5」はちょっと仕事が立て込んでいるのと確定申告が重なっているので、もうしばらくお待ちください。

  2. S.Kitahori のコメント:

    面白いお話ですね~。趣味で自作しています。バスレフ、バックロード、TQWT、JSP方式までは知っていましたがTLSは初めて目にしました。続きのお話が是非聞きたいモノです、よろしくお願いします。

  3. すんちゃん のコメント:

    音響管スピーカーは3倍、5倍音よりも基音が小さくなる原因を検討していて大変参考になりました。
    ありがとうございます。
    管内は端閉管共鳴で動作して、音圧が大きい所が閉端になって、出口は管内平面波と空中の球面波との固定端反射で音が小さい閉管共鳴が在りますが、
    圧力が高くなるので振動板が抑制されて出口の方が音が大きい物理で説明される速度図のようになるのでは?と考えています。
    http://sirasaka.seesaa.net/article/481097520.html

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください