トランスミッションライン方式スピーカーについて その2

TLS方式スピーカーの主な要素技術は、以下の五つになります。

  1. 伝送路(伝声管、伝送線路、線路、伝導路…)
  2. 1/4 波長共鳴管(1/4 λ共鳴管と書かれることも)
  3. ユニット取り付け位置による背圧・振動制御(機械・電気特性の変化)
  4. 伝送路のインピーダンス変化による音響フィルター
  5. 吸音(ダンプ)による音響フィルター

今回は1の伝送路、伝声管についてです。

伝声管の実物は見たこと無くても、昔の(昔のことを題材にした)映画で大型船(客船でも軍艦でも)の中で今の電話代わりに使われている様を見たことある人もあろうかと。ものは単なる管です。

船の伝声管の場合、両端に蓋が付いていて、その蓋には笛が付いてます。話す要があるときは、その蓋を開けて息を管に吹き込みます。すると反対側(相手側)の蓋の笛が鳴るので相手側も蓋を開けて返事して会話を開始するというプロトコル。

伝声管の物理的原理は、波長に対し十分小さい径の管の中では音は平面波と見なせることを使って、遠くまで音を伝えるからくりです。

解放空間において音が音源から離れると小さくなるのは、主に音波が球状に広がっていくために、単位面積当たりの音響エネルギーが減るからです。距離の二乗に反比例する勢いで減ってしまう。

これに対し平面波で拡散せずに伝わる分には単位面積辺りのエネルギーもほとんど減らないので遠くまで音が伝わる理屈です。その平面波で伝えるためのからくりが伝声管ということです。

管がトランスミッションラインの動作を始める条件ですが、波長に対し十分小さい径と波長に対し十分な長さの管長が必要で、径は凡そ 1/4 波長未満、管長も凡そ 1/4 波長以上が最低ライン。最低ラインなのでトランスミッションラインっぽい現象がほのかに見られる程度ですが。

この最低ラインはどちらかというと管長の方が厳しい値で、管の端が開口か閉口かなどでも変わるので実質トランスミッションラインの動作を確認したければ1波長以上とらないと明確に見ることはできないと思います。

これで気が付くでしょうけれど、径の大きさで音響的なローパスフィルタ(ある周波数より低周波しか通さない)になります。管長でハイパスフィルタ(ある周波数より高周波しか通さない)になります。実際はこの両方を備えるので、バンドパスフィルタ(ある周波数帯域しか通さない)になるわけですね。

例えば 2 cm の径の場合、2 cm が 1/4  λとすると1波長は 8 cm。音速を 34,300 cmとすると 34300÷8=4287.5。凡そ 4kHz より高い周波数の音はトランスミッションライン動作しないことになります。管の中を複雑に反射しながら伝わることになり、平面波で整然と伝わるトランスミッションライン動作にはなりません。

実際に全然トランスミッションラインっぽくない伝わりかたになるのは 17kHz あたりからだろうと思います。まあ 4kHz から上の周波数の音は、反響(エコー)が掛かったような感じで反対側に伝わるわけで、エコーの掛かりが周波数が高いほどひどくなり、それにつれもともとの最短距離で届く音の音圧も減ることになる。ようするに距離の二乗に反比例して音圧が低下する状態に 17 kHz を超えて周波数が高いほど近づいていきます。

さらに例えば 1 m の長さの管を使った場合、1 m の波長とすると、音速 343 m として、343÷1=343 ですから 343Hz 以下はトランスミッションライン動作から外れていくと思われます。343Hz 以下の音波の場合、音が管を伝わるというよりは気流が管を流れるに近く、動作モデルも気流が管を流れる場合に近づいていくものと考えられます。

この場合、管の中の気体の粘性抵抗や全質量と慣性などの方が効くようになるわけです。ようするに管に息を吹き込むのに似た動作になる。

径 2 cm にせよ管長 1 m にせよ、4kHz より上や 343Hz より下で急激に伝わらなくなるわけではなく、緩やかに伝わらなくなるので、管径 2 cm、長さ 1 m の管を使えば普通の会話に問題ない音は伝わるでしょう。まあ、1 m の距離では伝声管が無くても全然問題ないですからむしろあまりありがたみは実感できないかもしれませんが。

ちなみに金属で作った伝声管の場合、100 m 近くは実用的に伝わるようです。

さて、以上が伝声管の主な特徴ですが、これをスピーカーシステムにどういう風に利用するのか?

名前からしてトランスミッションライン方式というくらいなので、これが無ければ話にならないと推測すべきです。この方式のスピーカー箱は、管です。多くの場合片端は閉口端で、反対側は開口端です。

今仮にトランスミッションラインにのみ着目するために、やたら長い管で作った箱を考えましょう。片端は閉口端で反対側は開口端とします。さらに点音源に近いスピーカーユニットで閉口端あたりに音を入れると仮定します。ようするにすごい小さいユニットが閉口端に付いているということです。

この場合、管径に従い上で見たようにある程度以上高い周波数の音は残響を伴い、その残響具合に反比例するように減衰された音圧で開口端から出てくる。トランスミッションライン動作する周波数ではほぼロス無く開口端から音が出てくることになります。管長が十分長いとユニットの最低共振周波数より十分低い音までトランスミッションライン動作することになります。

さて、スピーカーシステムの重要な問題として、スピーカーユニットの背後に放射される、正面に放射される音波と逆位相の音波をどうするか?というものがあります。

仮想のスピーカーシステムとして挙げられる無限平面バッフル板方式のスピーカーの場合は、背後の音はバッフル板後方の無限の空間に捨てられることになります。この仮想システムの現実的な近似物としては大型密閉箱になります。この場合は密閉された箱内部に詰められた吸音材で音を減衰させてしまおうということです。

この場合、減衰できる周波数の下限は箱内部のユニットからの壁面までの最大長がやっとといったころで、実際はもっと高いところでしょう。ようするにユニットを付ける位置にもよりますが、ユニットが付いているバッフル以外の面に対するユニットからの最短距離くらいが十分に減衰できる最大波長と推測されます。

すなわちかなり巨大な箱じゃないと箱の中に放射された逆位相の音波によってユニットの動作が影響されることになり、擬似的な無限平面バッフルスピーカーシステムとしては動作しなくなる。

これを嫌うならどうするか?一つは本当に無限平面バッフルにほぼ近似なシステムを構築するということで、例えば家の外に面した壁に穴を開けてそこにユニットを付ければよろしいです。家の中で聴くとすると、家の外の方がユニットの背面になりますから外に背面放射音を捨てることが出来ます。

ただ捨てるのではうるさくて近所迷惑だから困るとしたら、外のユニット背面に吸音材をてんこ盛りに盛って、吸音してしまえばよろしいのです。この場合も吸音材の厚みは消したい音波の最大波長より厚くしないとだめなので、34 Hz くらいを消したければ 10 m ほどの厚みが必要となる勘定です。半分にしても 5 m は必要で、普通に考えたら現実的ではありません。

しかも、厚みと書きましたが実際はユニットを取り巻き壁に饅頭の如く半球状に半径 10 m くらいの吸音材がくっつくことになります。

やっぱり現時的ではありませんが、ここで伝声管をユニット後方に付けます。直線でなくても良いとするなら頑張れば 10 m くらいの管は何とかなりそうな気もします。すくなくとも半径 10 m の饅頭よりはましです。その管の中に吸音材を詰めまくれば上手い具合に消音できるかもしれません。

トランスミッションライン方式スピーカーの原点は、このあたりにあったんじゃないかな?と勝手に想像していますが、あながち間違っていないのでは。この方向で結論付けるなら、トランスミッションラインを形成しその中で吸音材により音を熱に変換することによりスピーカーユニット背面の放射音を消すことを主目的とした形式をトランスミッションライン方式スピーカーと呼ぶと言えるでしょう。

実際にこのことを主目的にやっているスピーカーとして、イギリスの著名なスピーカーメーカーの B&W のスピーカーにあるトゥイーターのノーチラスチューブではないかと。あれの場合、要素技術の2、1/4 波長共鳴以外を全部使って効率的にユニット背面の音を消しているものと思われます。

これに対し、さらに背後に放射される音も有効利用しようというのが多くのトランスミッションライン方式スピーカーの思惑です。これは TLS に限らずバスレフやバックロードホーンでも同様でしょう。ただ、その思惑に対し、どういう手段を取ったかの違いがバスレフだったりホーンだったりトランスミッションラインだったりという違いになっている。

で、背面音利用の場合、いらない音は捨てたい。いる音だけ使いたいわけです。いる音は何か?ですが、ユニットから十分出ている音はいりませんから、ユニットからは十分得られない周波数帯の音が欲しい音ということになります。それを音響的に増強して前方に放射できれば思惑を達せられる。

ユニットが十分な帯域特性を持っていれば実はなんの工夫も必要ないわけで、全部密閉箱でもよいことになります。現実には多くの場合そうではないので、なんらかの工夫が必要になります。高い音が足りない場合は小さくても高い音は出せるのでユニットを足せば良いですが、低い音は低ければ低いほど大げさに大掛かりなユニットでないと出せなくなります。

大掛かりになればまず値段が高くなりますし物理的に大容積にもなるので、箱で対応して小さく安くできるならしてくれというのがコンシューマー向け製品としての要求の話になります。

じゃあどの辺りの帯域を箱に任せたいかと言いますと、80~100Hz くらいまでは結構ユニットでも楽に実現できるようです。さらにコストとのバーターになりますが実用上十分な下限となると、50~60Hz あたりまでと考えられます。それより下はあればうれしいけれど、無くてもどうせ大抵は聴こえませんから。

ようするに例えばユニットが下限 80Hz まで出るとしたら、背面の放射音のうち 50~80Hz を有効利用して前面に放射できれば良いことになります。これ以外の音は、上に見たようなやりかたで捨てます。詳細は要素技術の4、5に相当します。

欲しいところの音響的な増強の仕方に相当する話が次回の「2.1/4 波長共鳴管」の話題になります。

つづく

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